グリーフワークとは?
フランスに、「別れは小さな死」ということわざがあります。人生を共に生きてきた愛する人を失うということは、人生の一部、すなわち自己の一部が失われるということであり、大きな悲しみを伴う体験です。遺された家族が、その悲しみである「悲嘆(グリーフ)」を受けとめていく作業をグリーフワークといい、愛する人との死別を体験した人は、誰もがこのグリーフワークのプロセス(過程)を歩みます。
グリーフワークのプロセスで生じるさまざまな反応は、年齢や性別、死別した状況、故人との生前の関係性、パーソナリティや環境、過去の経験などにより個人差がありますが、通常時とともに変化し回復に向かいます。遺族はやがて故人のいない環境に適応し、新しい心理的・人間的・社会経済的関係を作っていきます。
遺族の悲嘆の歩みを代わってあげることは誰にもできません。その悲しみや苦しみは、遺族の新しい人生のために避けては通れない大切な時間です。メンフィス大学のロバート・A・ニーマイアーは、「悲しむこととは、喪失によって揺らいだ意味世界の再確認、あるいは再構成を、必然的にもたらすということ」であり、「愛する人を失ったあとの意味深い人生の変遷に向き合う過程である」としています。
悲しみは消えることはありません。でもその大きな悲しみは、自らの生きる意味を問い、生きる勇気ややさしさを生み、人生より豊かにしてくれるでしょう。グリーフワークでは、遺族が十分に悲しむこと、そして今自分の体験している感情が当然のものであると理解しそのまま受け止めること、またその感情を信頼できる人に共感をもって受けとめられていると感じることが大切です。
京都グリーフケア協会主任カウンセラー
関谷 共未
[プロフィール]
精神保健福祉士(PSW) 第22368号(PSW:Psychiatric Social Worker)/心理カウンセラー/認知行動療法士/グリーフケアカウンセラー/EAP専門カウンセラー(EAP:Employee Asistance Program)
グリーフワークのプロセス
グリーフワークには段階があり、段階に応じてさまざまな感情が起こってきます。それらは順に進むとは限らず、いくつもの段階が同時に起こったり、ある段階をとばしたり、また行きつ戻りつを繰り返すこともあります。
通常半年から1年くらいで日常生活を支障なく行えるようになり、回復の兆しを感じますが、回復に要する時間には幅があります。突然の事故死や自死、子どもとの死別などの場合は、数年~数10年かかることもまれではありません。人と比べず、自分のペースで少しずつ進むことが大切です。また死別者の10~15%では、抑うつ状態が強くなったり長引くなど、専門家の援助が必要になることがあります。
アルフォンソ・デーケンの12の段階
1段階:精神的打撃と麻痺状態
愛する人の死という衝撃によって、一時的に現実感覚が麻痺状態になる。心身のショックを少しでも和らげようとする本能的な働き、つまり防衛機制。
2段階:否認
感情、理性ともに愛する人の死という事実を否定する。
3段階:パニック
死に直面した恐怖により、極度のパニックを起こす。
4段階:怒りと不当感
ショックが少し収まると、不当な苦しみを負わされたという感情から、強い怒りを感じる。「私だけがなぜ?」「神さまはなぜ、こんなひどい運命を科すの?」突然死の後では、強く現れることが多い。
5段階:敵意とルサンチマン(妬み)
周囲の人々や故人に対して、敵意という形でやり場のない感情をぶつける。
6段階:罪意識
悲嘆のプロセスが進むと、「生きているうちにもっとこうしてあげればよかった」「あんなことをしなければ、もっと元気でいたかもしれない」など、過去の行いを悔やみ、自分を責める。 悲嘆のプロセスを代表する反応。
7段階:空想形成
幻想・空想の中で、故人がまだ生きているかのように思い込み、実生活でもそのように振舞う。
8段階:孤独感と抑うつ
葬儀などの慌ただしさが一段落して落ち着いてくると、紛らわしようのない孤独感と寂しさに襲われる。健全な悲嘆のプロセスであり、周囲の援助が重要。
9段階:精神的混乱とアパシー(無関心)
日々の生活目標を見失った空虚さから、どうしていいかわからなくなる。 この段階が長引くと健康を損ねる。専門家の援助が必要になる。
10段階:あきらめ・受容
「あきらめる」という言葉には、「明らかにする」という意味がある。 自分の置かれた状況を「明らか」にみつめ、現実に勇気をもって直面しようとする。
11段階:新しい希望・ユーモアと笑の再発見
ユーモアと笑いは健康的な生活に欠かせない要素であり、その復活は、悲嘆のプロセスを乗り切りつつあるしるし。
12段階:立ち直りの段階 新しいアイデンティティの誕生
以前の自分に戻るのではなく、苦悩に満ちた悲嘆のプロセスを経て、より成熟した人格者として生まれ変わる。
グリーフワークに取り組むために
グリーフワークのプロセスでは、以下のようなポイントを確認しながら過ごしてみてください。
チェックポイントと対処方法
グリーフをうけいれていますか?
怒りや罪悪感、孤独感、無気力感、抑うつ状態など、遺された人が体験するさまざまな感情や症状は、悲嘆の自然な反応です。こうした感情を抑圧せず、悲嘆の自然な反応として受けとめることが大切です。
罪の意識をもっていませんか?
後悔や罪悪感は悲嘆の自然な反応で、とても辛い感情です。どうしても罪の意識から逃れられないときは、カウンセリングなど専門家の助けを借りましょう。
喪失について話したり、感情を表現していますか?
自分の感情や、頭に浮かぶ死別前後の出来事、故人との思い出などを、信頼できる家族や友人に話をするなど、自分の気持ちを表現する場をもち、ひとりで抱え込まないようにしましょう。絵や文章を書くことも、悲嘆を表現する方法のひとつです。
十分な休息をとり、日常生活を大切にしていますか?
悲嘆は精神力も体力も消耗するものです。十分に悲しむためにも、睡眠や食事など生活リズムをととのえ、リラックスできる時間をもつようこころがけましょう。信頼できる人に話を聞いてもらったり、ひとりの時間を過ごしたり、感情の流れにさからわず、十分に時間をかけることが、よりスムーズなグリーフワークをたすけます。
適度に忙しくしていますか?
目的のあることをしたり、思考力を使うことに、適度に取り組んでください。まず身近な目標をもちましょう。少しずつ大きな目標に取り組めるようになります。
身体を動かしていますか?
適度な運動は、身体の調子を整え、心の負担を軽くし、質のよい睡眠を促します。毎日軽く散歩するのもよいでしょう。
自分を大切にしていますか?
毎日なにか、身の回りの小さな楽しみや喜びをみつけ、今のあなたの気持ちを和らげてくれることを大切にしましょう。小さくても満足感を得ることが大切です。
古くからの友人とつきあっていますか?
気を許せる友人たちと、喪失の話題を避けずに自然に話してみましょう。
大切な決定を延長していますか?
衝動的に行動したくなることがあるかもしれません。離婚や引っ越し、転職など、重大な決定をするのは少し待ちましょう。
記念日反応を知っておきましょう
故人の誕生日や命日、クリスマス、結婚記念日など思い出の日には、何年たっても思いがけず悲しみが戻り辛く感じることがあるでしょう。これは自然な反応だと知り、記念日には安心できる人と過ごすなど、心の準備をしておくのもよいでしょう。
必要に応じて、専門家の援助を受けていますか?
悲しみが強く長く続き、食べることや睡眠がとれなくなり、日常生活に支障が出るような場合には、専門家(精神科医、カウンセラーなど)に相談しましょう。
辛いとき、周囲に助けを求めていますか?
周囲からの援助を素直に受けてみましょう。また周囲からの援助を待つだけでなく、自ら援助を求めることも大切です。少し心をひらけば支えは身近にみつかるかもしれません。
グリーフワークに取り組むために
わたしたちは、愛する人の死を乗り越えたり、忘れたり、その悲しみをなくしたりすることができるのでしょうか。
愛する人の死という事実をかえることも、また愛する人のことを忘れることもできません。思い出せば悲しみや寂しさがいつまでもこみあげてくるでしょう。今は、いくら歩いても出口の見えない真っ暗闇のトンネルの中に、ただひとり取り残されていると感じているかもしれません。
でも大切なことは、今の状態は永遠ではなく、その先には未来があるということです。その未来を感じるまでには長い時間がかかります。
誰にも今ある苦しみの時をかわってもらうことはできません。それでも十分に悲しみに向き合えば、以前の自分に戻るのではなく、以前とは違う価値観を持ち、成長してより多くの知恵を身につけた新しい自分に出会うことができます。愛する人とは生前とは違う絆をもって共に生きることができるようになります。
愛する人との尊い別れは、あなたの人生をより豊かに意味深いものにしてくれる大切な経験であることを心にとめてください。
拙文が、今悲しみの中にいる方々にとって、悲しみを受け止め、新たな希望をもって生きていくための、未来への一助にしていただけたら幸いです。